第一長編「果てしなく流れる砂の歌」のレヴューで僕は「作家は処女作に収斂する」と書いたが、早くも撤回しなくてはならないようだ。
そもそもキャリアの長い評論家である筆者にとっては、実作が初めてであっても、一般的にいう「処女作」とはずいぶん事情が違う。記念すべき処女作ですら数多あるエンタテインメント的引き出しのごく一部を開陳したに過ぎなかったようだ。
そういえば、ミステリ評論家なのに処女作がハイ・ファンタジーだったのだから、そうと気付くべきだった。
二作目の本作では、そのファンタジー世界をそのまま舞台として、今度は脱力系ミステリをぶち込んできた!
ついに本丸のミステリに殴りこみ、なはずなのに、もうビックリするほどいい感じに肩の力が抜けているではないか。
あの奥泉光ですら、脱力ミステリ桑潟幸一シリーズを書くためには、「モーダルな事象」という極めて本格的なミステリの狂言回しとして登場させるというステップを必要としたというのに。
奥泉 光
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しかしこの種の作品は扱いが難しい。
作中人物が脱力している分、物語は強い骨格を必要とし、作者に相当な筆力を要求するからだ。
筆者は今回、この物語を成立させるために、極めて斬新な「読者への挑戦状」を用意した。
「基本問題」編を用意して、本編の推理の道筋を予め開示してあるのだ。
しかし、現実の社会でもクリティカルな政治的テーマである「エネルギー問題」が絡んできたり、そのエネルギー問題に、先端科学の中でも概念把握の難しい「空間と空間の間」という問題を絡めたりして、容易にその全貌を掴ませない。
シリアスな話題は、読者に一定の読み応えを提供しながら、ファンタジー設定にくるまれて脱力系のムードを損なわない。
そして王道の密室トリックで、読者への挑戦状を回収した後、著者の真骨頂がスタートする。
物語の加速である。
大森滋樹名義で、創元推理評論賞を受賞した論考「物語のジェット・マシーン」で、物語がどのように加速され読者を巻き込んでいくのかという心理的背景を分析している。
また、母校北海道大学の出版局から出た「日本探偵小説を読む」という評論集で、サスペンスの構造について読み解いている。
諸岡 卓真 押野 武志 高橋 啓太 近藤 周吾 横濱 雄二 小松 太一郎 成田 大典 井上 貴翔 大森 滋樹
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いわば筆者は物語の加速装置を知り抜いた男なのである。
そして満を持して、その加速装置を自らの作品に持ち込んだ。
Watch out!
速いよ。
加速されるのは物語じゃなくて、こっちの気分なんだと気づいた時には、二行おきくらいに飛ばしながら読んでいる自分を発見して急ブレーキをかけることになる。
必ずしも理論的背景がわからないと楽しめないということはない。
どのようにボールを握っているか知らなくても桑田真澄のチェンジアップが凄かったのはわかる。
むしろそんな裏側を見せないのがプロのエンターテイナーだともいえる。
評論家でありながら実作を書くということは、絶えず種明かしをしながらもマジックでお客さんを驚かせるようなものだろう。
しかし文学にはそういう楽しみ方も許されている、と僕は思う。
シェリーのフランケンシュタインには「批評理論入門~フランケンシュタイン解剖講義」という優れたガイドブックがあり、併読すれば芳醇な作品世界をより楽しめるし、奥泉光がいとうせいこうと書いた「小説の聖典」も、読めば一見難解な奥泉作品の世界に通奏低音として響く「鍵」のようなものを感じ取れるようになる。
廣野 由美子
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いとうせいこう 奥泉 光 渡部 直己
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Pixerの傑作「レミーのおいしいレストラン」では、料理評論家イーゴの独白を以って評論のある種の虚しさが語られるが、だからこそ真の評論とは、実作者を凌ぐ覚悟をもつ者でなくてはできないと僕は思うのだ。
そして評論と実作は必ずしも相克するばかりではない。文学の世界で実現した、評論と実作の幸せな共演を是非ご体感いただきたいと思う。
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