右の音が右から出ているか、左の音が左から出ているか、真ん中の音は真ん中から聴こえるか、というようなことをチェックするものだと思っていた。
僕はバンドマンだ。
ライブハウスによってはベースアンプが右にあるところもあるし、左にあるところもある。
ドラムスが中央にあったら、ボーカリストの真後ろになって多くのお客さんから見えないから、だいたいどちらかにオフセットされている。
だから最悪、右の音が左から出ていても大して問題はないと思っている。
コルトレーンのインパルス時代のアルバムには、主役のはずの自身のテナーさえ右に大きく寄せた定位を採用している盤もある。
どのみち現代のレコーディングはマルチマイク、マルチチャンネルで、マスターを作る時にステレオにミックスされているに過ぎない。音のカブりがないように定位されているだけだ。
だからこのようなチェックCDによる定位や位相のチェックには大きな意味はないと思っていた。
というわけでご縁が無かったオーディオチェックCDだが、今回2015年2月号のSTEREO誌に付録として収録されたオーディオチェックCDを人からお借りしたのではじめて試してみた。
その中に、正弦波スウィープという音源が入っていて、それが面白かった。
正弦波=サインカーブはすべての音の基本になっている波形で、どんな音もこのサインカーブの変調によって作られている。一番素直な音、とでも言えばいいか。
その正弦波の非常に低い周波数から高い周波数までを一定の音量で滑らかに変調させていったのがスウィープ音源というやつだ。
これで何がわかるのか。
スピーカーから発振された音は、部屋の壁のあらゆる場所にぶつかって音波自体に戻っていく。ある帯域の音が強く戻っていけば、その部分が打ち消し合って減衰してしまう。
これを定在波という。
これは、部屋の形、天井の高さ、スピーカーの位置、聴取位置がわかれば計算で求められる。僕の部屋もシミュレーションソフトを使って聴取位置を決めている。
それでも実際に鳴らしてみると、低音部で2箇所、大きく減衰する場所があった。
なるほどこれが定在波かと、はじめて可視化(というのはおかしいが)してもらって、これは本当にいい勉強になった。
で、わかったところでどうするか。
シミュレーション上正確な位置に聴取位置を決めている場合には、電気的に音質補正をするしかない。
低域の場合はルームアコースティックによる対策はあまり効果的でない。
精密にやろうとすれば、相当に高価なイコライザーが必要になるのだ。
しかも僕は聴いた経験が無いが、知人の話によれば、そのような機器を使うと補正されてスムーズになった気はしても音が持っているエネルギー感のようなものが決定的に損なわれてしまうらしい。
ということは、理論値が正常に機能するスクエアな専用室を作るしか解決策はない。
仕事で必要ならそれもいいだろうが、まったく現実的な話ではないと言わざるをえない。
ある程度の補正はトーン・コントロールで可能だ。
しかし高価な機種ほどトーン・コントロールがついていなかったりする。
僕のアンプにはついている。そしてこのチェックCDを使う前から、少し低音の量感が多いほうがいいと感じてベースを2目盛ほど上げていた。
残りの細かいところは自分の脳で補正できる。それが出来るのが人間だ。
そしてそれが音楽を聴くということの意味でもある。
能動的に音の世界に飛び込んで、作曲家が構築した世界を読み取る。
演奏者や楽器に対するリスペクトを深める。
そして定在波を超えて、音楽を理解するのだ。
例えば「ジャコ・パストリアスの肖像」に針を落とした瞬間聴こえてくる人間技とは思えない正確で速いパッセージに、言葉を失うほどその作品世界に囚われることができないのなら、それは音質のせいではなく、それまでの音楽体験がそこまでの質ではなかったということなんだと僕は思う。
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