2014年6月28日土曜日

エリック・クラプトン自伝:シンガー・ソング・ライターとしてのクラプトンとスローハンドの真実

エリック・クラプトンが好きなので、2008年に出版された自伝は買っていた。
買っていたが、最初の数ページで投げ出してしまっていた。

エリック・クラプトン自伝
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例えば、マネージャーのロジャー・フォレスターと、ピンクフロイドのロジャー・ウォーターズのように同じ名前の人が同じ場面で出てくるようなことが頻発するが、プロのライターのようにうまく書き分けられていないため、文意が取れなかったり、「クラプトンと名付けられる」といったような奇妙な翻訳(これは苗字だから“名付けられる”のではない。その父親から生まれたことを修辞的に表現したものだから、日本語にするときには異なる表現になるはずだ)も頻出して読む気が削がれるのだ。

同じ時期に買ったパティ・ボイドの自伝は、ペニー・ジュノーという伝記作家が手を入れていて、実に読みやすく仕上がっている。
やはりプロの仕事ってすごいですね。

本棚で眠っている積ん読本を片付けるキャンペーンを勝手にやってるので、そんなことも言っていられないから、クラプトンの自伝にも手をつけた。


60年代、70年代のロックの人たちのエピソードには、信じられないようなものが多いが、エリック・クラプトンという男の人生ほど破天荒なものはないだろうと思う。
一応ファンとして、聞こえてくる情報には気を留めていた自分でも、改めて自身の口から語られた生涯を読むと、ホントウによく生きていたものだという感想しか浮かばない。

まず彼は四六時中、ドラッグやアルコールに酔っているのである。
読んだだけで気持ち悪くなるような量の酒を飲む。

そして、その意識の不明瞭さが要因と思うが、恋という欲求に対しての素直さが、もう動物なのである。
ツアーや遊びのために、彼らは世界中を飛び回る。
場所が変わって、素敵な女性を見かけると、その動物的な恋の熱情が発動する。
そしてその熱情と矛盾なく、パティ・ボイドへの一途な恋心に悩んでいたりするのだ。
で、昔から異性が怖かった、などとのたまうのである。
モウ常人にはマッタク理解できまへん。

でもこの「世間ズレ」も無理のないことなのかもしれない。
ごく若い頃から、社会を経験せず、芸能の世界で生きてきて、大量のカネを稼ぎ、しかもそのカネも自分では管理せず、マネージャーが使ったぶんを払っていくわけだから。


この自伝のハイライトは、ドラッグとアルコールに溺れたエリック・クラプトンをなんとか演奏の場に立たせて救い出そうとする英国ロックシーンの盟友たちの奮闘と、それを裏切り続けた末に、ついに取り組んだ、まずはドラッグとの、そしてその後のアルコール中毒との戦いを続けた20年の記録だろう。

この戦いの最中(さなか)にも、名作を何枚も録り、やっぱりちょっと肉欲にも負けたりして、バンドメンバーのイヴォンヌ(既婚者)との間に子どもが出来たり、イタリア 人のモデルとの間にも一子をもうけたりしている。このモデルさんとの子どもがコナーでマンションからの転落事故で亡くなり、「ティアーズ・イン・ヘブン」 の題材となった。

パティとのことを歌った「ワンダフル・トゥナイト」や「ベルボトム・ブルース」。
イヴォンヌとのことを歌った「ゲット・レディ」など、基本的にこの時期のエリックはシンガー・ソング・ライターだったのだと思う。

そして彼が、歌いたいテーマを持ってペンをとると、決まってルーツ・ミュージックとは遠い、ポップなメロディセンスが顔を出す。
そのセンスが第一義的にアルバムを彩っているのが「ピルグリム」だと思う。
死んでしまったコナーと、父として何もできなかった自分。
そこに行方が(それどころか、名前さえも)わからない実父への想いを重ねて書かれた「マイ・ファーザーズ・アイズ」で幕を開けるこのアルバムは、かつてないほど自分の内面に迫った作品といえるだろう。

内省的になればなるほどポップ方面に向かうというのが凡百のソングライターと違う、“クラプトンらしさ”なのだと僕は思っている。

ところで、「ワンダフル・トゥナイト」収録の「スローハンド」だが、スローハンドとは、ヤードバーズ時代からのクラプトンの二つ名だが、これ、あまりにも指が速く動くので、かえってゆっくりに見えるから、という理由をどこかで読んでそのまま鵜呑みにしていた。
ご本人によれば実際には、こういう理由なんだそうだ。
ヤードバーズ時代に一般的な弦よりも細い弦を張るようになり、ステージでよく一弦を切るようになった。
(いきなり話はそれるが、それまではミディアム・ゲージという太さの弦を張るのが一般的だったのだが、今でもロック系の人たちはライトゲージを張る人が多いのは、この時クラプトンが作った流行だったのだ。)
で、この弦交換の間に、観客がゆっくり手拍子をして待っている様子を「スローハンド」と言っていたのだそうだ。
なるほど。


そして、完全にドラッグからも酒からも解放されたエリック・クラプトンは、60歳にして心底くつろげる家庭を得る。そしてそれ以降、「レプタイル」、BBキングやJJケイルとの共作を経て、「バックホーム」「クラプトン」「オールド・ソック」と安定したクオリティのシンガー・ソング・ライターズ・アルバムを 量産している。

ブルースが聴きたいならKeb'Moを聴けばいいと思う。
僕はこの60歳まで子どもだった男がやっと辿り着いた安息の場所で書いた心の歌を聴きたくて、今日もエリック・クラプトンを聴いている。

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