2018年2月27日火曜日

そうと見せずに現代社会の本質的な問題に切り込んで見せた傑作SFサスペンス『アルテミス』

火星に一人置き去られた宇宙飛行士が、ありあわせの道具で地球への帰還を試みる『火星の人』で大評判をとったアンディー・ウィアーの新作『アルテミス』を読んだ。


これまた面白い!
せっかく、こんなに面白いのに、帯の「今度は月だ!」ってなんだ!
そもそも火星と月じゃ、火星のほうがプレミアム感高いじゃないですか!
こんなんだから『火星の人』のほうが面白かった的なレビューが並んじゃうんですよ。
ま、『火星の人』もムチャクチャ面白かったわけだが。

話はいきなり逸れるが、昨年出会った最高の小説『未必のマクベス』を買ったのは、帯の惹句、
この本を読んで早川書房に転職しました
に、動揺を覚えるほど感じるところがあったからだった。
このコピー、最強すぎ。
こんなのと比べるのは酷だけどね。

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確かに本作は、月の6分の1の重力や、真空という環境を最大限に活かしたSFアクションサスペンス。
しかし同時に本作は、その背景に今の世界が抱えている構造的な問題についての問題提起と、画期的で同時に痛快な解決策を提示している問題作だと思うんだな。


西欧社会が発展していく過程で生み出した<植民地>というシステム。
こいつが現代に根深く横たわる<格差>の根本原因だし、その最大の被害者は奴隷貿易の狩場でもあったアフリカだろう。
そのアフリカの一国であるケニアが、宇宙産業を軸に世界企業を再編し、月に産業拠点を作り出すという痛快。

それもただの妄想ではなく、ケニアが赤道上にあるという事実がその起点になっている。
宇宙ロケットの打ち上げには地球の遠心力を最大に利用できる赤道がもっとも有利、というのはマイケル・E・ポーターの『国の競争優位』で一章割かれてもいいくらいの見事な<資源>の事例ではないだろうか。

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打ち上げには赤道、というフレーズがなんだかどこかで読んだ気がしていたら、これだった。
野尻抱介の『ロケット・ガール』
こちらはソロモン諸島だったが。

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さらにそこで使われる経済媒体が、通貨ではない「スラグ」という新しいクレジット。
これが今流行りの暗号通貨(仮想通貨ではなく)であるBitcoin系の発展形ではなく、商行為の合理から生じたサービスクレジットである本来的な仮想通貨の応用概念であるところも注目すべきだ。

そしてこの新しいコミュニティでも儲ける手段がありそうだ、となると西欧組が猛然と割り込んできて陰謀を巡らせるあたり世界の愚かしさを象徴しているし、新しいコミュニティにも新しい問題があることを描くあたりも抜け目ない。

ウィアーの軽妙な語り口と映画然としたスピーディーな展開に目を奪われ、つい『火星の人』との比較に終始してしまうが、実は現代の社会問題を背景にどっしりと置いた社会派エンターテイメント大作。
読むしかないと思う。

2018年2月26日月曜日

浜田省吾さんのライブ・ビューイング『旅するソングライター』を観てきたよ

ちょっと時間が経ってしまったが、浜田省吾さんのライブ・ビューイング『旅するソングライター』を観てきたのでご報告を。

2015年と2016年のライブ映像の映画化。
2015年のライブは、その年、10年ぶりに発売されたアルバム『Journey of a Songwriter 〜 旅するソングライター』の楽曲を全曲演奏するという意欲的なツアーだったそうだ。

観客も久しぶりのツアーで気合が入っていた。
キャリアの長い彼らしく、観客にも子供連れが目立った。
カメラは、ヒット曲を口ずさむ子どもたちを捉えていた。
理由はわからないけど、なんだかそこに感動してしまった。

感動のあまり帰りにパンフレットを買った。
なんとLPジャケットサイズで、専用の袋に入っていた。


2500円もしたので、楽しみにして家で開けた。
入っていたのは二枚のライナーノーツとピンナップポスターが一枚とちょっと寂しかった。
2016年のツアーパンフ表紙だろうか

その裏側。

2015ツアーパンフの表紙?

その裏側

メンバー一覧

裏側はスタッフリスト

ピンナップポスター

LPジャケットサイズという企画と専用袋の質感が高いので、袋ごとポスターのように部屋に飾ったよ。

新しいアルバムの曲は映画で聴いたのがはじめてだったけど、特に変わりない安定のハマショー節で違和感なく楽しめた。
途中、女性ボーカルをフィーチャーした曲があって、そのシンガーの声がとてもよかったので、パンフレットを頼りに探した。
中嶋ユキノさんというシンガー・ソングライターで、浜田省吾プロデュースでメジャーデビューした人だそうだ。

YouTubeにこんな動画を見つけた。
なかなかいいじゃないか。


蛇足だけど、このMV、サムネが本人の絵じゃない。
イマドキ、YouTube動画の再生回数伸ばすのはサムネ命ってのは常識なわけで、SonyMusicの担当者はきっとあんまりYouTube観ない人なのかもね。
こういうところでヒットするかどうかが決まってくる時代なんだけどね。
閑話休題。

感動が冷めやらぬまま過ごした数日に、高校生の頃、何度も聴いた『ON THE ROAD』というライブアルバムを懐かしく聴いた。

ON THE ROAD
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愛奴から一緒の盟友、町支寛二さんは、30年以上前のこのライブアルバムでも、本ライブ・ビューイングでもギターを弾いて、コーラスを歌っている。スゴいね。

このライブ・ビューイング、完全版的なブルーレイも発売されるようです。

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2018年2月17日土曜日

『ウルフガイシリーズ』を読むと人類ダメじゃんってなるけど、やっぱホントダメじゃんね

個人的な読書遍歴を紐解けば、僕にとっての高校時代は間違いなく「平井和正の時代」であった。
小学校の図書室で出会ったレンズマンでSF道に入った僕にとっては、宇宙を二分する<善>と<悪>の代理戦争を描いた『幻魔大戦』にハマるのは必然。
そして平井中毒になった僕は、まことに自然な成り行きとして『ウルフガイ』『アダルト・ウルフガイ』シリーズにも読みふけることになる。

今回、生頼範義展の開催記念ということで、ハヤカワ版権のウルフガイ二作が復刊された。


簡単にまとめてしまえば、文明や文化といった洗練の<副作用>として時に立ち現れる人類の残忍さと愚かさを、狼が表象する自然のシンプルな摂理と対照して描き出すというのが本シリーズのテーマだろう。
初期傑作群に共通して描かれる、この「人類ダメじゃん」感こそが平井作品の魅力だと思う。
読者だって当然、人類の一員なわけで、「人類ダメじゃん」と言われれば気を悪くしそうなものだが、実際には巧みに自分だけをその集団から切り離し、「こういうのが愚かだと感じることが出来るから、自分だけは愚かじゃないもんね」という不思議な優越感を得るのである。

フランス文学者の鹿島茂が、吉本隆明の思想が持つ現代的普遍性を解説した名著『吉本隆明1968』では、このような優越感を持つ心の性質について「自己疎外と自己投入の社会ビジョン」として解説されている。
オルセー美術館を埋め尽くす日本人観光客にうんざりする日本人(自己疎外)と、パリのマクドナルドで日本流のファーストフードマナーで振る舞い、冷たくあしらわれることを憤慨する日本人(自己投入)が、ふたつながら自分の中に存在して、どんな人も折にふれ、その二つの心的モードを無自覚に使い分けているものだ、と。

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しかしこのようなロジックをテクニックとして使った作家本人だけが、そのロジックに逃げられない。
人類がダメなのはそのとおりとして、じゃあいったいどうすりゃいいのか。

そのあたりに、平井和正がGLA(God Light Association、旧大宇宙神光会)という新興宗教に接近していった理由があるのかもしれない。
教祖高橋信次が亡くなって、娘の佳子に教団が引き継がれた際、佳子が書いたとされる『真創世紀』が実際には平井和正のペンによるものであることはよく知られているが、その時の経験が後に書かれる小説版『幻魔大戦』に大きな影響を与えていることは間違いないだろう。

角川版『幻魔大戦』は、後半どんどん宗教色が強くなっていき、ファンが離れていったと聞くが、僕はむしろそこが面白かった。
主人公東丈は、来るべき幻魔との戦いのために高校の文芸部を超常現象研究会=GENKEN(じつは幻魔研究会)にしてしまうが、魅力的なリーダー東丈に惹かれて寄ってきた大人たちの手で、イケメン高校生教祖の新興宗教に変貌していき、そこから小説は、金のことや組織での地位に汲々とする大人たち、メンバーたちの勝手な振る舞いや不和を延々と描くことになる。
そう。
結局やっぱりダメな人類を描いているのである。

むしろ21世紀の戦争は、政治ではなく宗教が引き起こしている。
それを考えれば何も意外なことではないんだよね。

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