世に数ある弦楽四重奏曲の中でも、ベートーヴェンの14番がとりわけ好きだ。
この曲を最初に聴いたのは、バーンスタイン指揮のオーケストラ編曲版だった。
冒頭の主題から、なんて悲しいメロディなんだろうと惹きつけられた。40分弱で7楽章もある楽曲の中で、次々と提示される短いが明確でそれぞれに異なる表情を持つ主題に魅了された。
Vienna Philharmonic Orchestra
Deutsche Grammophon (2007-09-11)
売り上げランキング: 32,502
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その後、人からハンガリアン・カルテットのレコードをいただいて、それを愛聴してきた。
やはり弦楽四重奏曲なのだからオーケストラ編曲版よりもカルテットの演奏がいい。
それぞれに魅力的な主題が、よりはっきりした輪郭で楽曲の喜怒哀楽を伝えてくれる。
演奏も定評のあるもので、最終楽章での「いつのまにか」聴いている自分が激しい熱情の中に身を置いていることを発見させられるあの感覚は、まさに14番の真髄を見事に再現した名演と言えるだろう。
Hungarian Quartet
Regis (2013-12-10)
売り上げランキング: 57,011
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今年も、朝晩涼しい風が吹くようになり、ふと14番をターンテーブルに載せたいという気分になったが、気まぐれに違う弦楽四重奏団の演奏を聴いてみたくなった。
楽曲が決まっていて、演奏違いを聴きたいというのが、音盤の選択では一番難しい。
このような有名曲は古今数多くの名録音があるものだし、評論の言葉は、時に音楽出版社の意向を強く受けているもので、必ずしも自分の気持ちと一致しないからだ。
僕は悩んだときは、なるべく「新しい」録音を聴くことにしている。
一般的に古い演奏には感情過多なものが多く、音楽の「構造」がマスキングされてしまっているものが多いと感じるからだ。
例えば僕が苦手な演奏家にチェロのジャクリーヌ・デュ・プレという人がいる。
ダニエル・バレンボイムの奥方である。そのバレンボイムと一緒に録ったシューマンのチェロ協奏曲があるが、名曲の多いチェロ協奏曲の中でも屈指の傑作といわれるこの曲を、なぜあのようにおどろおどろしく弾いてしまうのか。
まるで何かの続きのように始まっていつの間にか終わる、というのがシューマンの楽曲の真骨頂であるが、これでは台無しなのである。
デュ・プレ(ジャクリーヌ)
ワーナーミュージック・ジャパン (2007-07-25)
売り上げランキング: 25,707
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新しい録音といってもかなりの数のCDが毎年リリースされている。その中に「ハルモニア・ムンディ」というレーベルのものがあれば、僕は迷わずそれを買う。
ハルモニア・ムンディレーベルのクラシックCDには音の手触りに特徴があって、音像はふくよかで豊かな響きを持った少しフォーカスの甘い音。しかしその音像が非常に透明感の高い静かな空間に浮かんでいるような不思議な浮遊感のある音を持っている。
最初に買ったのがジャン・ギアン・ケラスが弾いたバッハの無伴奏チェロだった。
パブロ・カザルスの決定的な名演は確かに素晴らしかったが、いかんせん録音が古く目の前でチェロを弾いているような実在感には乏しい。まだクラシックCDをほとんど持っていなかった僕は、せっかくだからSACDを買おうと思って唯一タワーレコードにあったケラスのSACDを選んだのだった。
Harmonia Mundi Fr. (2007-10-09)
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家に帰って聴いてみて驚いた。実在感をはるかに超えて、そこにあったのは夢の中で聴く音楽の音色だった。どこまでも美しく、それを弾いている人の姿さえも意識させない音だった。
近年有名になったのは、イザベル・ファウストが弾いたこれもバッハの無伴奏ヴァイオリン。
ケラスの録音と同じような空気感を持つCDだ。
これもオイストラフの演奏に違和感を感じ、ECMレーベルから出ているギドン・クレーメルの演奏に強く共感したあと、そういえばハルモニア・ムンディにもあるかな、と思い調べあたり、購入したものだ。
J.S. バッハ:無伴奏ソナタ&パルティータ集 (J.S.Bach: Sonatas & Partitas BWV 1004-1006 / Isabelle Faust (Vn))
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イザベル・ファウスト
HARMONIA MUNDI, FRANCE (2010-05-11)
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J.S.バッハ: 無伴奏ソナタ&パルティータ集 VOL.2 (J.S.Bach : Sonatas & Partitas BWV 1001-1003 / Isabelle Faust) [輸入盤]
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イザベル・ファウスト
harmonia mundi France (2012-09-10)
売り上げランキング: 2,848
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というわけで、極めて自然ななりゆきとしてベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲に関してもハルモニア・ムンディのカタログから選んだ。
東京弦楽四重奏団、という名前だが、ジュリアードで結成されニューヨークで活動していた。最初は日本人4名だったが、本作の録音時には第一バイオリンとチェロは外国人である。
2013年に活動停止とある。
ベートーヴェン : 「後期」 弦楽四重奏曲集 (Beethoven : The 'Late' Quartets opp.127 , 130 , 131 , 132 , 133 & 135 / Tokyo String Quartet) [3 SACD Hybrid] [輸入盤]
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東京クヮルテット
harmonia mundi France (2010-10-12)
売り上げランキング: 8,606
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音は、安定のハルモニア・ムンディ・クオリティで、安心して音楽に身を委ねる。
14番の演奏はあくまでもスムースで、まるで弦楽器の音がでる一台の大きなピアノで弾かれているような繋がりの良さで、ベートーヴェンの意図した短い多くの主題を構築的に組み上げるタペストリが目の前に出現するのを感じた。
ハンガリアン・カルテットともっとも異なるのは最終楽章の表現で、ハンガリアンは「熱狂」の賛歌として、東京は「寂寞」の叙情としてこれを歌い上げているように感じた。
今の今まで、聴きなれた名曲を綺麗な音で聴いているつもりでいたのに、いつの間にか違うところに連れていかれていたとは!
東京の14番が終曲したとき、まるでよくできたミステリを読んだ時のように、もう一度最初から、と強く思った。やっぱり14番は特別な楽曲なんだと思う。
ここでつい、ハルモニア・ムンディの他の楽曲を発注してみたくなるが、それは音楽の消費、というものだ。本当に良い音楽との出会いは端無く求める気持ちからは生まれないと思う。今は、この後期弦楽四重奏曲集に収められた6曲を味わい尽くすのみ。