2017年3月27日月曜日

結局この世界を救うのはジャズってことでいいよね~奥泉光『ビビビ・ビ・バップ』

奥泉光の新作『ビビビ・ビ・バップ』を読みました。

ビビビ・ビ・バップ
ビビビ・ビ・バップ
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奥泉 光
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個人的に奥泉作品の最高峰と思う『鳥類学者のファンタジア』の直接の続編ということで、あそこまでの到達度を持つ小説の続編って、いったいどうやって書くんだろう、とあれこれ想像を巡らせていたわけですが、そうきたかと。

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前回は科学的でないほうのタイムスリップもの(前記事参照)でしたが、今回はディストピア系SFでした。


「直接の」続編と断ったのは、記念すべきクワコー登場第一作の『モーダルな事象』に、『鳥類学者』のメインヒロインであるところのフォギー1号(とあえて言っておきましょう)がちらりと登場しているからであります。

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が、この『モーダルな事象』、クワコーが主役かと思わせておいて、じつは単なる狂言回し。物語中で起きる主要な謎には徹底的に無関係です。
フォギーに至っては、ほぼモブの扱いですので、『鳥類学者』『クワコー・シリーズ』ともに無関係と言っていいでしょう。
しかし、『モーダル』にも『鳥類学者』にも、そして今回の『ビビビ・ビ・バップ』にも「宇宙音楽」という通奏低音が響いていて、世界観を共有する作品とはいえると思います。


『ビビビ・ビ・バップ』本編のお話に入る前に、まずは装丁に拍手。
いい仕事です。

さらに内容に触れる前に、地の文の語り口調について触れておく必要があるでしょう。
『鳥類学者のファンタジア』の素晴らしさのかなりの部分を担っているのが、長い一文をユーモラスなタッチで語り切る口調でした。フォギー視点の一人称ゆえなのですが、本作『ビビビ・ビ・バップ』では、猫型アンドロイドのドルフィー、つまりAI視点の一人称になっております。
しかもそのAIには漱石の文体がインストールされているという。
では、漱石文体なのかと言われるとそういう気もしなくて。

ではどうかと言うと、なんとなく、『鳥類学者』のフォギー口調からユーモラスな部分をちょっと引き算した感じ、というんでしょうか。
そんな感じで、そこが少し物足りないと言えなくもない。

さて、いよいよ本編について。
多少ネタバレ気味です。

VR技術が近未来の世界観の背骨になっています。
人間の意識そのものをデータ化してVR世界に降りていくというアイディアは幾多の類似先行作品がありますが、とりあえず『マトリックス』がひとつの雛形を作ったジャンルと言っていいでしょう。
ディストピアの類型ですね。
幻想を見せる技術だからディストピアと相性がいい。

というわけで、本作『ビビビ・ビ・バップ』もディストピアの類型で書かれているわけですが、科学技術が肉体性を凌駕することに、我々は本能的な気味の悪さを感じるようです。
だから、最先端の医療技術にはいつも生命に対する倫理観と背中合わせになる側面がありますが、『ビビビ・ビ・バップ』では、魂をデータ化して死後の生を実現したり、死者の思考を複製してアンドロイドで現実化するような技術が出てきます。

しかし『ビビビ・ビ・バップ』は、こういった科学の成果を人間性の敵とは断罪しない。
だからといって賛美もしない。

あくまでも流れの中で生じたものとして、その時時の、それぞれの人物の、非常に身近で実際的な価値観の中で処理されていきます。
あるものは苦笑いをして、あるものはジョークに紛らわせて、あるものはただ翻弄され、物語は進行していくのです。

そしてこのような態度で現実に対応する感じが、なんとなくビ・バップ以降のジャズに似ているなあ、と思うわけなんです。
ニュー・オーリンズで白人文化と黒人文化のぶつかり合いから生まれたジャズという音楽が、あっという間にダンスの伴奏になってしまい(スウィング)、そんな状況への演奏者たちからのカウンターとして生まれたのがビ・バップ。
だからビ・バップは逞しい。

白人音楽のメロディと、それに呼応する形で発展させられたアドリブが一体となって(コール&レスポンス)ジャズを象り、一度破壊され、アドリブ部分が純化してビ・バップとなった、というのは多少単純に図式化しすぎとしても、だからビ・バップには嘘がない。
本作でのフォギーの役どころそのものではないですか。


クワコー以降の奥泉作品はキャラがいいですね。
屍者の帝国なんぞをアニメ化する予算があるならこっちをやれよ、と言いたい。
メディア展開も楽しそうだし、副産物としてジャズが売れますよ。

なにしろ読む度に聴きたくなるから、ずいぶん懐かしいCDをかけました。
とりあえず、これは用意しておいたほうがいいかも、のドルフィー版A列車で行こうの収録盤です。

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「鳥類学者」には一周廻って滑稽に感じるほどの悲壮感があったのですが、今回はそこが希薄。
おそらくこれは作者の意図でしょう。
「個人」が希薄になった社会の行く末をこの物語は描いている。
僕はそんな気がします。

だからこのカタストロフには、決定的な悪役が存在しない。
技術の進化が必然的に生んでしまったワームホールをうまく避けられない人たちの右往左往があるだけ。
救いはジャズにある。
なんなら落語でもいいし。
そのくらいがちょうどいいんでしょう。

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