2016年4月25日月曜日

念入りなニオイ消し ~ スペンサー・クイン『名犬チェットと探偵バーニー・シリーズ』

なにやら空前の猫ブームらしく、犬派の僕は意味もなく対抗してみたくなる。
それで、というわけでもないのだがスペンサー・クインの「名犬チェットと探偵バーニー」というシリーズが面白いのでご紹介してみる。

現在三作品が翻訳されていて、うち二作が文庫化されている。
ぜひ文庫版で読んでいただきたい。
表紙イラストが秀逸でずっと眺めていたくなる本だ。

助手席のチェット (名犬チェットと探偵バーニー1) (創元推理文庫)
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誘拐された犬 (名犬チェットと探偵バーニー2) (創元推理文庫)
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とにかくチェットがカワイイ。
ローレンス・ブロックの泥棒バーニーシリーズによく似た筆致で、おそらく名前の一致は偶然ではないだろう。

非トラディショナルなミステリの書き手が筆名を変えて書いているわけだが、その名がスペンサーというところから見ても、サスペンスものによくある偶発的解決を茶化して書くことが主題のひとつなんだと思う。

その「悪意」の匂い消しに犬という話者を使っているのだろう。
その企図は完全に成功していると思う。


また、ハードボイルドというジャンルは話者(=推理者)が心の声を語らない、というところに本質があると思っているのだが、このシリーズはそれを超えて話者が犬だから念入りだ。
ハードボイルド特有の最後物語のスピードが上がっていくのに、完全な情報が手に入らないまま読者が「焦れていく」感じがマキシマムになる。

そして、誰もが複雑な存在だと思いたがっている人間の本質が、実はとても身も蓋もないところにあるという、ちょっと直視しにくい現実を、心の声を語らないからこそ暴いてしまうハードボイルドという文学ジャンルにあって、犬が話者であることで救われている部分は大きい。
なかなかいいね。

2016年4月22日金曜日

プリンスの訃報と「海辺のカフカ」

プリンスが死んだ。
ボウイが亡くなったばかりだというのに、いったいどうなってるんだ。

とはいえ、僕は近年のプリンスの熱心なリスナーとは言えない。
大学生の頃、貸しレコード屋でバイトをしていた。その二年間の間にパレード、サイン・オブ・タイムス、そしてラブセクシーが相次いでリリースされたが、パレードとサイン・オブ・タイムスが本当に素晴らしかったから、遡ってアラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイを聴いて叩きのめされた。
バイトをしていた店でレンタル落ちになったアラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイを買って何度も聴いた。


ラブセクシーにはちょっとピンとこなかったが露悪的なジャケットデザインのせいだったと思う。
そしてこの時期の三枚が僕にとってのプリンスのすべてで、時々MTVでかかるシングル曲を聴くくらいだった。


アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ
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しかしその後、僕はプリンスとの決定的な再会を果たす。
それは村上春樹の「海辺のカフカ」で、だった。


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主人公の少年がMDで繰り返し聴くプリンスの「リトル・レッド・コーヴェット(小説内の表記どおり)」
小さな赤いコルベットは、重要な登場人物のスポーツカーと対置されたものだろう。
そしてそのスポーツカーの中ではシューベルトのピアノソナタが流れていた。
シューベルトという作曲家の主要なモチーフは「父との対立」だった。
すべての要素を慎重にメタフォリカルに配置したこの小説で、これはきっと重要な意味を持つ対置なんだ、と僕は感じた。
さらに物語の後半、少年はプリンスの「Sexy MF」を聴きながら関係を持った女性のことを考える。
MFはMother-Fuckerのことで、ロックミュージックの歌詞でよく聴く侮蔑語だが、ここではおそらく文字通りの近親相姦者の意味を暗示させている。

音楽を使って立体的な文学表現をするのが村上春樹の作法ではあるが、その中でも際立って印象的な楽曲の使い方だと思う。
この少年にこころ寄せて物語を読んだ僕の中では、「海辺のカフカ」とプリンスの音楽が分かちがたく結びついてしまった。

プリンスの訃報に接して、偉大な音楽的業績よりも先に「海辺のカフカ」のことを思い出してしまったが、これさえも、プリンスの音楽の偉大さの一部なのだろう。
Thank You , Prince.
R.I.P