僕は自分の今使っているシステムを組む時に、調べに調べて、聴きに聴いて、結局アンプにMcIntoshの真空管アンプ、スピーカーにTannoyを選んだ。
偶然にもメーカーだけ見れば、これは五味康祐氏が晩年に愛用したシステムと同じで、そのシステムは今、練馬区によって保管されていて、定期的にレコード演奏会を開いて今も音楽を奏でているという。
だから、ということはないだろうか、この対談は読むたびに胸が痛い。
時代を代表する評論である「モーツァルト」を著した音楽通である小林に、五味先生は一生懸命オーディオの難しさを語ろうとする。
五味先生は、音楽やオーディオに関する著作も多く、いくつかは読んだ。
中公文庫の「いい音、いい音楽」には、オーディオ仲間の部屋を訪れては、高価で凝りに凝った装置群が、どれも酷い音を出していると嘆いている様子が何度も描かれている。
五味 康祐
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「耳のオーガニズムが、音響のメカニズムにいつも順応するわけではない。機械がこういう音を出すはずだと言ったって、聴くか聴かないかはこっちの勝手。そういうことですよ」
また、「機械にしても、理論というのは一般的なものでも、作るのはひとつのものでしょう。たった一つの。必ず同じものはできませんよ。二つ同じスピーカーはできませんよ。とも言い、「蓄音機が一つの音を出すということは、やっぱり一つの歴史的事件なのであって、二度と繰り返されないよ。二度と同じ音は出ないと割りきってはいかんですかな」と、諌めようとする。
そしてしばらくの無言のあと(対談では・・・・・、と記されている)「あなたは、本当にそういうことが面白いんだね」と言葉をかけた。
そして、この流れに五味さんは「決して面白くありません」と返答したのだ。
どう見ても、これは揶揄だ。そこに真正面からの返答をしたということは、おそらく五味さんは、本当に昨日と同じ音が出ないことが苦しかったのだと思う。
小林は、ここで初めて五味の心情を正しく捉えた。
そして、それを「囚われている」と感じたのではないだろうか。
だからこそ小林の言葉は攻撃色を強めていく。
「それでケチをつけている。いつでもケチをつける。これはステレオに対するきみの態度の表れだ。態度が表れるのだ」
「あなたがそのときに聴いているのは、楽音ではなくて雑音かもしれないよ。雑音がないかと耳を澄ましている」
「音楽をそういう音として扱っているとしたら、こんな傲慢無礼なことはないよ」
遠慮ない物言いが持ち味の小林秀雄でも、これほど攻撃的な言葉はそうお目にかかれない。
そしてこれがいちいち、自分の音楽の聴き方に共通するところがあり、心が痛いのだ。
心が痛いのは、小林の言葉が真理の一面を衝いているからだと思う。
昔ビクターがやったという、カーテンの後ろにオーケストラとオーディオセットを隠して、どちらの音がナマの音かわかるかを試すブラインドテストに話題が及んで、小林はこういう。
「ナマの音」なんてものはないんだよ。
音楽会に行けばこれから音楽がはじまるという期待を持っている。
ある一つの雰囲気の中の、ぼくらの全体の肉体のひとつの態度よ。
それがぼくの耳を、聴覚を決めてしまうのよ。
たしかに実物を聴いているという態度があるだけなんだよ。
耳は原音をなぞるものではない。
耳はカートリッジではないという事が言いたいまでです。
巨大な音の世界というものが存在します。
僕らの意識は、その巨大な自然の音の世界のほんの一部で、共鳴を起こしながら生きている。
そして音を発見し、創造もしている。
それが耳の智慧だろう。
ここが、小林の音楽を聴く態度の起点なのだろう。
なるほどと頷くしかない。
そして五味先生は実は音楽を心から愛しているが、片耳がほとんど聞こえないのだ。
そのため、人が聴いているいい音が自分に聞こえていないのではないかという不安と常に戦っていたのである。
「耳が創造する」という言葉を聞いて、五味先生は何かを感じたようだった。
小林もそれを感じ取って、Beethovenが聴力を失ったあとも素晴らしい音楽を作り続けたのは聴力がある時に、「精神」で音楽を聴いていたからだと言った。
故人、大瀧詠一は、無人島に1枚だけレコードを持って行くなら何にするかという雑誌のアンケートで、「レコードリサーチ」というカタログの1962~66年を持って行くと答えたそうだ。
全曲思い出せるから、ヒットチャートを頭の中で鳴らしながら一生暮らすことができる、と。
どうすればそのような境地に辿り着けるか、想像もつかないが、今日からは雑音を探すような聴き方をやめて、今までの自分を信じて、耳の創造するままに音楽に身を委ねてみたいと思う。
スピーカーのスタンドはどのような物を使われていますか?
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