再び頂点へ:円熟期を迎えたポール・サイモンの2011年
1986年の歴史的傑作『グレイスランド』から25年。21世紀に入っても常に革新的なサウンドを模索し続けていたポール・サイモンが、2011年に発表したソロ通算12作目のアルバムが本作『ソー・ビューティフル・オア・ソー・ホワット(So Beautiful or So What)』である。
So Beautiful Or So What
当時のポールは前作『サプライズ』でのエレクトロニカへのアプローチを経て、自身のソングライティングの原点である「美しいコード進行とメロディの融合」へと立ち返っていた。本作は発売と同時に「過去20年間における最高傑作」「『グレイスランド』以来のクオリティ」と世界中の批評家から大絶賛を浴び、ビルボードチャートで初登場4位を記録。ベテランでありながら、未だ最前線で進化を続けるポップ職人としての圧倒的な存在感を証明した復活劇となったのである。
音楽的特徴:サンプリングと生楽器が織りなす、現代のオーガニック・ポップス
本作の最大の音楽的特徴は、ヒップホップ的なサンプリング手法と、世界各地の伝統的な生楽器が奇跡的なバランスで同居している点にある。
ポールはかつてのようにあらかじめ録音されたリズムトラックに合わせるのではなく、自宅でアコースティックギターを爪弾きながら骨組みを作るという伝統的な手法で曲を書き上げた。その上で、1940年代の古い説教(サーム)の録音やケニアの夜の環境音といったユニークなサンプル音源を導入している。さらに、西アフリカのブルース風のギター、インドの打楽器であるタブラやガタム、伝統弦楽器コラなどをオーバレイした。重厚なベースをあえて排除し、きらびやかなベルやアコースティックな響きを強調したサウンドは、極めてモダンでありながら、どこか呪術的で温かみのある唯一無二の世界観を提示している。
主要楽曲の分析:生と死、信仰をユーモアで包む珠玉のトラック
1. 「Getting Ready for Christmas Day(ゲッティング・レディ・フォー・クリスマス・デイ)」
アルバムの幕開けを飾るこの楽曲は、1941年に録音されたJ・M・ゲイツ牧師の説教の声を大胆にサンプリングした、極めてファンキーなナンバーである。軽快なアコースティックギターのリフとブルースの精神が、サンプリングされた力強い声と見事にシンクロする。戦時中のクリスマスの情景を描きながら、現代の混沌や希望を浮き彫りにする、ポールのモダンな編集センスが光る1曲である。
2. 「The Afterlife(ジ・アフターライフ)」
人が死んで天国に辿り着いた後の世界を、ユーモラスかつアイロニックに描いた楽曲である。天国の門の前では誰もが長い列に並び、神に拝謁するために役所のような書類手続きを課されるという設定が面白い。軽妙なリズムとスライドギターの心地よいグルーヴとは裏腹に、死や神の存在という大いなるテーマについて、肩の力を抜いて深く考えさせるポールの作詞術が極限まで発揮されている。
3. 「Dazzling Blue(ダズリング・ブルー)」
当時の妻であるエディ・ブリケルへの愛と絆をモチーフにした、本作で最も美しいラブソングの一つである。南インドの伝統的な打楽器アンサンブルが刻む複雑で緻密なリズムの上に、繊細なアコースティックギターとフィドルが重なる。民族音楽のダイナミズムとニューヨーク流の洗練されたポップ・センスが最もピュアな形で融合した、アルバムのハイライトである。
4. 「So Beautiful or So What(ソー・ビューティフル・オア・ソー・ホワット)」
アルバムの最後を締めくくるタイトル曲である。西アフリカ風のギターリフとインドの木管楽器バンスリが絡み合う、ドライヴ感のあるサウンドが印象的である。悲惨な事件や理不尽な現実が溢れるこの世界を「あまりに美しい(So Beautiful)と捉えるか、あるいはそれがどうした(So What)と冷笑するかは自分次第である」と、人生の本質と価値の置き方をリスナーに問いかける。激動の時代を生き抜いてきたポールの、深く優しい哲学が詰まった名曲である。
結論:混沌とした世界を肯定する、時代を超越したポップ・アート
『ソー・ビューティフル・オア・ソー・ホワット』は、生と死、宗教や信仰といった重厚なテーマを扱いながらも、極上のメロディと遊び心溢れるサウンドによって、誰にでも開かれたポップ・アートへと昇華された傑作である。
世界の多様なリズムを血肉化してきたポール・サイモンだからこそ到達できた、このオーガニックでエレクトロニックな音響空間は、21世紀ポップスにおける静かなるメルクマールだと思う。
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